
製造元
会津心水株式会社
福島県大沼郡金山町大字大塩
字上ノ山5298-3 |
金山町大塩の炭酸水の100年の歴史
明治初期、金山町大塩の地に湧出するガス泉は薬泉なりとする 評判がたち、近隣はもとより他の県からまで病人が来遊したと
伝えられています。明治10年これを耳にした旧会津藩士萱野 某は関心持つ数人と来村し、この炭酸水(ガス泉)を 白磁(純白の磁器)に詰め「太陽水」と命名して、
会津近郊及び近県の薬店に卸して売り広めたようです。
その後明治36年、日本飲料の父と言われる倉島謙により資本金
93,000円の岩代天然炭酸鉱泉株式会社が創立、
開発が進められることになりました。しかも
ヨーロッパ最大の天然炭酸鉱泉会社アポネリス社と
提携し、ドイツ人技師2名を招聘し、金山町に工場を建設
、本格的なビン詰め製品として輸出に重点を置く
ことになりました。明治38年「芸者印タンサン・ミネラル
・ウォーター」として、ドイツ、イギリスを始めとするヨーロッパ
諸国に輸出し、日本国内においては「万歳炭酸水」の商標で
売り出したのです。
国内の販売は東京銀座に直営店を設け、当時市販の
他の鉱泉水を凌駕し成果を高め各国大公使館(現大使館)
・宮内省(現宮内庁)をはじめ上流社会に歓迎されるように
なりました。
しかし、問題は輸送で金山町から会津若松市までは 山また山の悪路18里(78km)、馬の背や舟を使っての 搬出は困難を極め、予想外の経費を要し、休業することを余儀なくされたようです。
この眠りからおよそ100年を経て、ここ金山町大塩
の地に”奥会津天然炭酸胃健冷鉱泉”が設けられ、その源泉
から採取した天然炭酸ガス含有ミネラルウォーター
(冷鉱泉水)をビンにボトリングし平成16年11月3日
”awa心水”として新発売されました。
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